仙台地方裁判所 平成7年(行ウ)4号 判決
原告
宮城地域自治研究所内
仙台市民オンブズマン
右代表者
高橋輝雄
右訴訟代理人弁護士
佐川房子
藤田紀子
山田忠行
小野寺信一
増田隆男
松澤陽明
吉岡和弘
半沢力
内田正之
齋藤拓生
土井浩之
被告
宮城県知事
浅野史郎
右訴訟代理人弁護士
長谷川英雄
松坂英明
氏家和男
村田知彦
主文
一 被告が、原告に対して平成七年一月九日付けでした別紙目録記載の文書の非開示決定処分を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、平成五年六月二四日、地方行財政の不正を監視・是正すること等を目的として結成された団体(権利能力なき社団)である。
(二) 被告は、宮城県(以下「県」という。)の情報公開条例(平成二年県条例第一八号。以下「本件条例」という。)二条一項の実施機関である。
2 本件処分の存在
(一) 原告は、被告に対し、平成六年一二月六日、本件条例五条一項に基づき、平成五年四月から平成六年一一月までの県総務部財政課(以下「県財政課」という。)の食糧費支出に関する一切の資料の開示を請求した(以下「本件開示請求」という。)。
(二) これに対し、被告は、平成七年一月九日、右請求に対応する公文書としては、食糧費支出伺、支出負担行為兼支出命令決議書、請求書がこれに当たるとした上、右文書(以下「本件文書」という。)のうち、懇談会の目的、懇談会の相手方名等、懇談会に係る債権者名及び口座名等、懇談会の開催場所が記載されている部分(別紙文書目録記載のもの。以下「本件文書部分」という。)に限って、本件条例九条二号、三号、七号に該当するとの理由で、非開示とする処分(以下「本件処分」という。)をした。
3 しかし、本件処分は、本件文書部分が、何ら本件条例の非開示事由に該当しないにもかかわらず、該当するとしてされた違法なものである。
4 よって、原告は、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)の事実は知らない。同(二)の事実は認める。
2 請求原因2(一)、(二)の事実は認める。
3 請求原因3の主張は争う。
三 抗弁等
1 本件条例制定の経緯及び本件文書作成の経緯
(一) 本件条例が定める公文書開示請求権は、憲法二一条に基礎を置く「知る権利」に奉仕するものではあるが、直接同条によって保障された権利ではなく、本件条例の制定によって初めて具体的請求権として創設された権利である。
本件条例は、三条前段において公文書の「原則公開」の基本理念を示すとともに、他方、その後段は、個人に関する情報については十分保護されるよう最大限の配慮をすべき旨規定して、基本的人権の尊重を強調している。そして、九条において、公文書を請求する者の請求する権利と請求された公文書に情報が記載されている個人又はその他の団体の権利利益及び公益との調和を図るために、開示しないことについて合理的理由がある必要最小限の情報を可能な限り限定的かつ明確に類型化して示している。
したがって、非開示条項の適用にあたっては、本件条例の目的並びに解釈及び運用を前提とし、非開示条項の文言に即して合理的に解釈すべきものであり、食糧費支出の当否や文書の内容の真偽とは区別して判断しなくてはならない。
(二) 県財政課は、県庁内の各課から提出される予算要求を査定し、必要な予算を見積もるなどして、県議会に提案する予算案を編成する職務、県の財源となる地方交付税、県債等の歳入を確保する職務、県議会に対する執行部の窓口として、議員に対する議案の説明や質問に対する知事の回答の取りまとめ等、県議会との一切の調整を行う職務を分担している。
このように、県全体の財政及び予算、議会に関する事務を所掌している県財政課は、県を代表して他機関との調整、折衝にあたることも多く、職務を遂行する上で各種の懇談会を伴う会議を設定することは避け難いところであるが、県の各課が実施した懇談会に係る飲食代金については、各種会議に係る茶菓、弁当代金に準じて食糧費から支出することが認められる慣例になっており、県財政課の開催した懇談会の経費も食糧費から支出している。
そして、食糧費の支出に関する事務処理の流れは、概略、施行伺文書の作成・決裁→会合等の実施→債権者からの請求金額の連絡→債権者登録→支出負担行為の決議及びコンピューターへの入力→債権者からの請求→支出命令の決議及びコンピューターへの入力→出納審査確認及び支払日のコンピューターへの入力→指定金融機関への送金依頼→登録済の債権者口座への振込という順序で行われる。
本件文書のうち、施行伺文書については、その起案理由に懇談会の目的、施行伺年月日、場所、出席者(別紙として出席者の所属・役職・氏名の記載された「出席者名簿」を添付)、経費、支出科目が記載されている。支出負担行為決議書及び支出命令決議書、請求書には、懇談会費用の他に債権者等の氏名・住所・印・電話番号及び債権者の支払先金融機関名・口座種別・口座番号等が記載されている。
(三) 原告は、本件開示請求の対象とした懇談会(以下「本件懇談会」ということがある。)がいわゆるカラ飲食ではないかとの疑念のもとに非開示とする理由はないと主張するが、右のようなコンピューターシステムの下では、そのような不正行為を行うことは制度上不可能であるし、また、本件条例の解釈上問題とされているのは、当該文書が九条各号の公文書に該当するか否かであり、文書開示事務手続上、その内容の真偽についてまで調査することは予定されていないし、且つ実際に調査することも不可能である。
したがって、仮に前記懇談会が実施されておらず、本件文書が実態の伴わない虚偽の内容を記載した文書だとしてもそれを条例上の公文書から除外する根拠がない以上、当該文書の開示・非開示を判断するに際しては、九条二号、三号、七号の解釈論に当てはめて個々的に判断することになるのである。
2 本件処分の適法性について
本件文書部分は、本件条例九条二号、三号、七号に該当する文書であるから、被告がこれを開示しないとした本件処分は適法である。
(一) 本件条例九条二号該当性
(1) 本号は、
「個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 法令の規定により何人でも閲覧できるとされている情報
ロ 公表することを目的として作成され、又は取得された情報
ハ 法令の規定に基づく許可、免許、届出等に際して作成され、又は取得された情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの」
に該当する情報が記録されている公文書は開示しないことができる旨定めており、当該文書記載の情報が、個人に関する情報で、特定個人の識別性を有する情報につき、ただし書に該当しない場合に限り、個人のプライバシー保護のため、実施機関はこれを適法に開示しないことができることが明らかである。
(2) ところで、個人識別情報該当性の判断に際しての解釈基準としては、県作成の「情報公開事務の手引」(乙第一号証)に以下の定めがあり、個人識別情報該当性については、本件条例九条二号の文言と以下の解釈基準に照らして合理的に判断すべきものとされている。
すなわち、本号にいう「個人に関する情報」とは、思想、信条、心身の状況、学歴、成績、職歴、家族状況、親族関係、所得、財産等個人に関するすべての情報をいい、同じく「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」とは、当該情報から特定の個人が識別でき、又は識別できる可能性のあるものをいい、①氏名、住所等その情報から直接的に特定の個人が識別されるもの、②他の情報と組み合わせることにより間接的に特定の個人が識別され得るものをいう。
本号は、個人のプライバシーを最大限に保護することを目指したものであるが、個人のプライバシーといっても、その概念自体が必ずしも一義的に明確であるとは言い難いから、個人に関する情報で、特定の個人が識別され、又は識別され得るものは非開示とすることができるとしたものであり、また、公務員であっても、そのプライバシーは保護されるべきものであるところ、本号が公務員を適用除外としていない以上、これを別異に扱うことはできない。
(3) 本件文書のうち、施行伺文書に出席者として記載されている個人の所属・役職・氏名は、特定の個人を識別できる情報である。そして、右の情報が明らかになれば、特定の懇談会に誰が出席したのか明らかになるところ、特定の懇談会に誰が出席したのかは、相手方についてはもとより、県職員についても他の情報により明らかになる情報でもなく、懇談会の性格上、一般的にその実施について積極的に広く知らせる性格のものではなく、関係者の間でのみ承知されていることが通常であるから、右情報は、本号ただし書ロにも該当しない。
(4) したがって、本件文書記載の懇談会の出席者の所属・役職・氏名等の情報は本号に当たり、これを開示しないという本件処分に違法性はない。
(二) 本件条例九条三号該当性
(1) 本号は、
「法人(国及び地方公共団体を除く。)その他の団体(以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。
イ 事業活動によって生じ、又は生ずるおそれのある危害から人の生命、身体又は健康を保護するため、公開することが必要であると認められる情報
ロ 違法若しくは不当な事業活動によって生じ、又は生ずるおそれのある侵害から人の財産又は生活を保護するため、公開することが必要であると認められる情報
ハ イ又はロに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要であると認められるもの。」
に該当する情報が記録されている公文書は開示しないことができる旨定めており、当該文書記載の情報が、事業活動に関する情報で、ただし書に該当しない場合に限り、実施機関はこれを適法に開示しないことができることが明らかである。
(2) 本件文書には、一件の懇談会に係る食糧費の支出ごとに、施行日、支出金額及びその明細として具体的な品目ごとの数量、価額等が記録されているが、価額の設定は店の格式を決定し、飲食業者の営業方針の基本となるものであり、特定の飲食業者に関する、何時、誰に、どのようなものをいくらで提供し、支払はどのように行われているかという情報は、当該業者の営業上のノウハウ、ひいては営業の実態そのものを形成する情報である。
そして、一定期間にわたる県の各課の食糧費に関する公文書が開示され、右のような内容を営む当該情報が蓄積されれば、県と特定の業者との間の具体的な取引の状況及びその店の格式が広く一般に公表される結果となるため、当該業者の社会的評価に重大な影響を及ぼし、競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められるところ、本件文書の開示請求の対象期間は、平成五年四月一日から平成六年一〇月三〇日まで一年八カ月の長期間にわたっており、顧客先や利用内容等の大部分が明らかになってしまう業者も多いと考えられ、特定の業者の競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められる。
また、食糧費に係る債権者である飲食業者の金融機関口座に関する情報は、業者が事業活動を行う上で重要な内容管理に関する情報であり、これを当該業者の事業活動に関わりなく一般に開示すれば、業者の正当な利益が侵害されると認められる。
(3) したがって、本件文書部分の右の情報は、本件条例九条三号に該当し、これを非開示とした被告の本件処分は適法である。
(三) 本件条例九条七号該当性
(1) 本号には、「県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、渉外、入札、試験その他の事務事業に関する情報であって、当該事務事業の性質上、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの」に該当する情報が記録されている公文書は開示しないことができる旨定められている。したがって、(イ)当該情報の内容が、県の機関等が行う事業執行過程に関する情報であり、(ロ)当該情報開示の結果が、当該又は同種の事務事業を公正若しくは円滑に執行することに支障を及ぼすおそれがあることの二つの要件を充たす場合には、実施機関は、これを適法に開示しないことができることが明らかである。
(2) 本号に規定する「渉外」とは、県の行財政運営等の推進のため、外国、国、地方公共団体、民間団体等との間で行われる接遇、儀礼、交際等の対外的事務事業をいうものであるところ、本件懇談会は、公務員による公人を相手とする単なる宴会ではなく、県の事務事業をより円滑に執行するため、関係者と交渉、調整等を行ったものであり、本号の「渉外」に該当する。
本件文書のうち、本号に該当すると判断して非開示とした情報は、懇談会の相手方名等、開催目的、開催場所である。
相手方名等については、既に開催年月日が明らかになっていることから、相手方の所属が判明すると特定の個人が識別され得ると認められ、開催目的、開催場所についても、既に開催年月日や一件ごとの支出額が明らかになっていることから、開催目的や開催場所が判明すると結果的には特定の個人が識別され得る。
県財政課は、前記1(二)で述べたように、県全体の財政及び予算、議会に関する事務を所掌しており、県庁内部においても他の各課とは事業内容が大きく異なっており、県全体の行財政運営について、県を代表して他機関との調整、折衝にあたることも多い。このような事業を行っている県財政課が実施した懇談会は、まさに、事業の執行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたものであり、右のような情報が公になれば、県政における相手方の位置づけ、評価等が明らかになることから、今後、合理的な裁量が著しく制限され、又は、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、懇談会を適切に実施することに著しい支障が生ずるおそれがあり、また、懇談会の所期の目的が達成できなくなるおそれがある等、県政の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められる。
(3) したがって、本件文書記載の情報のうち、懇談会の相手方、開催目的、開催場所の情報は、本号に該当するから、これを非開示とした被告の本件処分は適法である。
四 抗弁に対する認否等
1 抗弁1の事実は不知又は争う。
2 同2の事実中、本件条例の各規定の内容は認めるが、その余の事実は否認し、その主張は争う。
3 原告の反論
(一) 本件条例制定の経緯及び非開示事由の有無の判断について
本件条例一条が、条例の目的について、「県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県政に対する県民の信頼と理解を深め、県民の県政への参加を促進し、もって公正で開かれた県政を推進することを目的とする」と規定していることからも明らかなとおり、本件条例は、憲法二一条等に基づく県民の「知る権利」、同法一五条による参政権を県政において実質的に保障すること、及び県政の公正な執行と県政に対する県民の信頼を確保するために制定されたものである。
本件条例は、表現の自由の派生原理として当然に導かれる「知る権利」と「参政権=住民自治権」等を実質的・具体的に保障すべく制定されたものであり、このことは、本件条例が公文書の開示を原則とし、一定の場合について開示義務を免除する仕組みを採用したことからも明らかである。
また、本件条例三条が、実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利を十分尊重すべき旨を明記したこと、県政に関する正確でわかりやすい情報を県民が的確に得られるように、情報提供施策を総合的に実施することを求めるべく、一四条で「情報公開の総合的な推進に努める」ことを明記したこと、更に、公文書の部分開示の規定を設けたり(一〇条)、非開示決定に理由付記を求めたり(七条三項)、非開示決定を行政処分と構成して行政不服審査法上の異議申立等の途を開き、最終的には、非開示の適否につき司法判断を受けられるものとしていること(一二条)等からすれば、公文書開示請求権が人権上及び民主主義原理上の重要な位置を占めていることを踏まえて、憲法の要請に基づいて本件条例が定められたことは明らかである。
これら本件条例の諸規定に照らし、本件条例の非開示事由は厳格に解釈されなければならない。
本件の争点は、被告が非開示にした本件文書部分が、「開示できる」あるいは「開示請求権がある」文書かどうかという点ではなく、「開示義務を免除された」文書であるかどうかという点である。
そして、当該文書の非開示処分の当否は、開示義務免除を定めた条例の規定の文言の解釈・適用によって判断され、その解釈は、その条例の規定の文言だけを眺めて行われるものではなく、本件条例全体との整合性とともに、憲法その他の全法体系との整合性を考慮しながら該当条文の該当文言の意味内容を確定することになる。
被告の主張する開示義務免除該当性の各論において、本件条例一条、三条との関連についての検討が見られず、また、関連条文として、七条(理由付記)、一〇条(部分開示)、一四条(情報公開の総合的推進)、一五条(情報提供施策等の充実)、一六条以下(情報公開審査会)等の趣旨に対する配慮が見られないのは遺憾である。
本件訴訟は、県財政課不正公金支出疑惑、とりわけ県財政課が実施した懇談会がカラ飲食ではないかとの疑惑の徹底解明を求める多くの県民の期待に応えるために必要不可欠の情報の全面的開示を求める訴訟である。このような疑惑に対して、被告としては、疑惑の対象とされている全ての情報を県民に公開し、自ら疑惑解明の先頭に立ち、不正を絶対に繰り返さないための方策を打ち出すという態度をとるべきであり、本件文書を全面的に開示すべきなのである。
(二) 本件条例の非開示事由該当性について
(1) 本件条例九条二号は、憲法一三条が保障する個人のプライバシーの権利、即ち私生活をみだりに公開されない権利の保護を目的とするものであること、本件条例三条は、実施機関は、個人に関する情報が十分保護されるよう最大限の配慮をしなければならないと規定しており、その運用基準である「情報公開事務の手引」にも、「通常他人に知られたくない個人に関する情報(いわゆるプライバシーに関する情報)の保護については、基本的人権の尊重という観点から最大限の配慮をしなければならない」旨明記していること等からすれば、ここでいう「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」という文言は、「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」で、それが特定の個人に関する情報について、その開示義務を免除したものと解すべきであり、その情報がある特定の自然人に関するものであったとしても、その開示によって個人のプライバシーの権利の侵害が生じない場合には、開示義務は免除されないと解すべきである。
被告は、個人のプライバシーの概念自体が必ずしも一義的に明白でない以上、個人に関する情報を包括的に非開示とすることもやむを得ない旨主張するが、法令上の用語について、解釈を要する例は多数存在するのであり、何が保護されるべきプライバシーであるかの判断基準についても、社会通念を基礎として客観的に確定することが十分可能である。被告の解釈によれば、個人識別情報である限り、たとえ不当なプライバシーの侵害とはならない場合であっても、また、プライバシーとは全く無関係なことが明らかな場合であっても、開示義務が免除されてしまうことになり、本件条例の立脚する原則公開の理念に著しく反する不当な解釈であることは明らかである。
公務員の地位にある個人のプライバシーが問題となるのは、その公務員の私人としての側面についてであり、懇談会に出席したかどうかなどは、その懇談会が公務であり、その公務員が職務として参加していた以上、プライバシーが問題となる余地はない。
それ故、懇談会に出席した宮城県職員はもちろんのこと、懇談会の相手方たる行政庁の公務員ないし公務員に準ずる者は、公務である懇談会に職務として参加した場合、私生活上の事実とは一切無関係であるから、個人のプライバシーの権利の侵害を問題とする余地は存せず、その出席の事実に関する情報の開示義務は免除されない。
また、懇談会の相手方が私人であっても、公費による県財政課職員との懇談会は公的会合であり、懇談会に出席したかどうかの情報は、通常私生活上の事実に関する情報ではないから、これが開示されたからといって、個人のプライバシーの権利が侵害されることはない。
そして、懇談会に出席した事実に関する情報は、特定の個人が識別されるため形式的に本号に該当するとしても、それは、本号ただし書ロにいう「公表することを目的として作成され、又は取得された情報」であるから、結局、開示義務は免除されないことになる。
したがって、本件懇談会の出席者の所属・役職・氏名については、本件条例九条二号には該当せず、又は同号ただし書ロに該当し、これらについて非開示とした本件処分は違法である。
(2) 本件条例九条三号は、営業の自由の保障、公正な競争秩序維持の観点から、法人等の競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められる情報については、一定の場合を除いて、非開示とすることができるとしたものである。
そして、文書開示請求権の性格及び同号が「当該法人に不利益が生じる」という表現ではなく、「競争上の地位その他正当な利益が損なわれる」という文言を採用したことを考慮すると、同号によって開示義務が免除される情報は、秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用なる技術上又は営業上の情報にして公然知られていないものに該当する情報であって、それらに実質的な被害が客観的に生じる場合に限られるのである。
したがって、ノウハウや営業秘密に該当しないような情報については、開示義務が免除されることはない。
債権者名等を除いて部分開示された請求書等の内容に照らせば、非開示とされた部分を開示しても、店の格式や営業の基本方針、営業の実態が判明することはあり得ないことは明白である。営業秘密ということができる経営方針は、請求書等を集めたところから判明するようなものではない。また、「何時、誰に、どのようなものをいくらで提供し、支払がどのように行われているか」という情報は、情報公開による利益を犠牲にしてまで保護されるべき特別な営業上のノウハウであるとは到底考えられない。
口座関係情報や代表者印についても、当該飲食店が一般に発行する請求書に記載されており、一般的に明らかにされているものである。これらが営業上の秘密であるとしても、秘密に管理されていることもなければ、公然知られないものでもなく、被告の言うような内部管理の情報ではないから、これらを開示することによって、当該飲食店を経営する法人ないし個人の競争上の地位が害されたり、社会的評価が低下し、その他正当な利益を害されることはありえない。
したがって、本件文書に記載された債権者名・住所・口座関係情報、代表者印等の債権者に関する情報については、本号該当性を認める余地はなく、それらについて非開示とした本件処分は違法である。
(3) 本件条例九条七号は、①執行前あるいは執行過程で情報を公開することにより、公正かつ円滑な執行に支障が生じるおそれがある事務(検査、監査、取締り、入札、試験)、また②最終的な合意の成立あるいは紛争の解決に向けて、関係者間で継続的な折衝と調整が必要とされ、右折衝と調整の過程において、情報を公開することにより、公正かつ円滑な執行に支障が生じるおそれがある事務(争訟、交渉、渉外)についての情報の非開示を認める趣旨の規定であり、主として県の行政運営上の利益の保護を図って制定されたものである。
ところで、一般に情報公開条例は、過去において、行政機関の保有する文書が、行政機関の種々の名目の下に、ややもすれば恣意的・濫用的に秘密扱いにされ、住民の知る権利を妨げ、ひいては地方自治の健全な発展を阻害する面のあったことに鑑み、それらの弊害を除去する点をも考慮にいれて、原則公開を基本理念として制定されたことは公知の事実である。
したがって、本件条例九条七号の非開示事由に該当するか否かの判断にあたっては、特に非開示となる情報が必要最小限になるように、①非公開によって保護されるべき県の行政運営上の利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、②公開による県の行政運営上の利益侵害の程度が、単に行政機関の主観においてそのおそれがあると判断されるにすぎないのか、あるいはそのようなおそれが具体的に存在すると言えるのかを客観的に検討すべきである。
県作成の「情報公開事務の手引」によれば、九条七号の「渉外」とは、「県の行財政運営等の推進のため、外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う接遇、儀礼、交際等の対外的事務事業をいう」と定義されており、被告の主張するような、「交渉、調整等の折衝」や「内密の協議」が、「渉外」に該当する余地はないと言うべきである。
また、本件懇談会の相手方の所属・役職・氏名、概括的・抽象的な開催目的、開催場所については、懇談会の外形的事実に関する情報であり、それ以上に、懇談会の個別・具体的な開催目的や、そこで話し合われた事項等の懇談会の実態的な内容を明らかにするものではない。本件懇談会について、右のような外形的事実が開示されたからといって、被告の主張するような、「交渉・調整等の折衝」や「内密の協議」の具体的な内容が明らかになることはあり得ず、したがって、「交渉・調整等の折衝」や「内密の協議」の対象である事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなったり、公正または円滑な執行に支障が生ずることはあり得ない。
県政の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められる旨の被告の主張は、抽象的かつ不確定な単なる憶測の域を出るものではないのみならず、被告は、本件懇談会における「交渉・調整等の折衝」や「内密の協議」の存在、その対象である事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなったり、公正または円滑な執行に支障が生ずるおそれについて、何ら具体的な主張立証をしない。
懇談会に関する右の外形的事実は、県財政課が実施した公的な事柄に関することであり、その費用も、本来県民にその使途を明確にすべき公金から支出されており、しかも、県財政課の食糧費の支出に関わる者は、厳格な服務規律に基づいて職務を執行すべき公務員である。したがって、右外形的事実を開示することにより、県民に対し、そもそも懇談会が真実開催されているのか、懇談会に伴う飲食費が真に適切に用いられているか、不必要な使途はないか等を監視、検討する機会を保障することは、原則公開という本件条例の基本理念に基づく当然の要請である。
県財政課職員が行政事務をより円滑に執行するため、宮城県庁外部の関係者と協議・調整等を行うことを目的として行われる懇談会に要する経費は、本来、交際費から支出されるべきものであり、予算の議決においても、交際費の範囲内で被告が交際を行うことが承認され、予定されているのであり、このような懇談会に要する費用を、食糧費から支出することは、予算において予定されておらず、食糧費の目的外支出として違法である。その場合、このような支出を広く県民の討議にさらすべきは勿論のこと、そのような支出によって行われる懇談会は、本来予定されていないところの懇談会であるから、その「公正若しくは円滑な執行」という公益を過大視することは適当ではない。
仮に、懇談会に関する外形的事実を開示することによって、被告が主張するような支障・弊害が生ずるおそれがあるとしても、それをおそれる余り、懇談会に関する右外形的事実を非開示とすれば、原則公開という本件条例の基本理念に反する事態が発生することになる。
また、仮に、被告が主張するように、県政における相手方の位置づけ、評価等が明らかとなり、そのことに不満を持つ相手方が出現するとしても、県政における相手方の位置づけは、懇談会における接待の内容によってのみ定まるものではないので、そのような不満に合理的理由はない。
とりわけ、本件文書部分の開示により懇談会の相手方の氏名等が明らかになったとしても、本件懇談会の相手方が公務員ないしこれに準ずる者である場合には、懇談会の事実が公表されることによって、相手方たる公務員等が不満を持ち、その不満を理由として県との関係における自己の公務の執行の仕方が影響を受けることはあり得ないし、またあってはならないことである。
また、平成五年四月から平成六年一一月までの間に県財政課が支出して行った本件懇談会のうち、担当者が、懇談会の実施についての施行伺文書と実際の懇談内容が相違していることを認めている部分が存するところ、かかる部分に関しては、施行伺文書等に記載された情報は、実際の懇談内容とは異なる架空のものにすぎないのであるから、それらを開示したからといって、被告の主張するように「県政における相手方の位置づけ、評価等が明らかになることから、今後、合理的な裁量が著しく制限され、又は、相手方に不快、不信の感情を抱かせる」ということはあり得ない。
したがって、本件懇談会の相手方の所属・役職・氏名、開催目的、開催場所については、本件条例九条七号該当性を認める余地はなく、これらについて非開示とした本件処分は違法である。
第三 証拠
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証によれば、請求原因1(一)の事実が認められる。
同1(二)の事実は、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがない。
三 そこで、本件文書部分が、本件条例の非開示事由に該当するかについて、判断する。
1 本件条例の定める非開示事由等
本件条例九条には、同条各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書は開示しないことができる旨規定され、右情報として、個人に関する情報であって、特定の個人が識別され、又は識別され得るもののうち、ただし書に掲げる情報を除くもの(二号)、法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該個人の競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められるもののうち、ただし書に掲げる情報を除くもの(三号)、県の機関等が行う交渉、渉外等に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの(七号)が、それぞれ規定されている。なお、右各規定の詳しい内容は、抗弁等2(一)ないし(三)各(1)において、被告が主張するとおりである。
そして、被告は、本件開示請求に係る本件文書部分に記録されている情報が右九条二号、三号及び七号に該当するとして、本件処分をしたものである。
2 県財政課の職務及び本件文書の内容等について
成立に争いのない甲第五号証ないし第一〇二号証の各一ないし四(ただし、甲第一一号証、甲第二一号証、甲第八六号証、甲第九七、九八号証、甲第一〇〇号証、甲第一〇二号証は各一ないし三、甲第三五号証、甲第五二号証は各一ないし六、甲第七七号証は一、二、甲第九六号証は一ないし七)、乙第二号証ないし第四号証、第一〇三号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第五号証ないし第一〇二号証に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 県財政課の職務は、①県庁内の各課から提出される予算要求を査定し、また、必要な財源を見積もるなどして、県議会へ提出する予算案を作成すること、②県の歳入となる県債及び地方交付税に関することや、広い意味で県の財政全般に関わること、③県議会に提出する議案を県会議員に説明することや、県議会における議員からの質問に対する知事の回答を取りまとめるなど、県議会に関する一切の事務に関して執行部の窓口となることである。
本件文書は、県財政課が右事務の遂行のため外部の飲食店を利用するなどして行った懇談会(中には、単なる飲食の機会にすぎないものも含まれることが窺われるが、これも含む。)についての文書であるところ、県財政課の行う懇談会には、相手方に応じて次のようなものがある。
(1) 国の職員との懇談会
国が地方に関して行う施策、特に財政支援に関する情報を交換するためのもの
(2) 民間金融機関の職員との懇談会
当せん金付き証票(いわゆる宝くじ)からの収益金や県債の発行について、これに関わる金融機関との情報交換のためのもの
(3) 他の都道府県の職員との懇談会
歳入の見積もりについての参考事例や予算の査定についての他の都道府県の動向に関する情報を得るためのもの
(4) 県内の市町村の職員との懇談会
県と市町村が互いの事業を推進するに際して、調整のため事前に情報を交換するためのもの
(5) 県会議員との懇談会
予算案の作成について、議会と県執行部との調整をするためのもの
そして、本件文書(甲第五号証から甲第一〇二号証まで。枝番付き)をこれによって分類すると、別表記載のとおりとなる。
(二) このように、経費を伴う懇談会を開催する場合には、県財政課において、施行伺文書(別紙文書目録中の食糧費支出伺がこれに当たる。)を作成し、同課の課長及び課長補佐等の決裁を経て、県財政課として、当該懇談会の開催の正式な決定がされる。右手続を経て、懇談会が実施された後に、債権者から請求書が送付されると、支出負担行為決議書及び支出命令決議書が作成され、同課の課長や課長補佐等の決裁を経て、口座振込の方法で債権者に支払がされる。
(三) (二)の各文書に記載される内容は次のとおりである。
(1) 「施行伺文書」には、起案者の氏名、起案・決裁の日付、文書の記号・番号、件名、起案理由等を記載し、決裁印を押捺するようになっており、その起案理由の欄には理由部分と日時、場所、出席者(別紙の出席者名簿に出席者の所属・役職・氏名が記載される体裁になっている)、経費、支出科目を記載するようになっている。
このうち、本件処分で非開示となったのは、起案理由の欄の理由の冒頭部分と懇談会の開催場所、出席者であるが、右部分の欄はB五版横書きに二行ないし四行程度の記載しかなく、具体的な事項が記載されているとは認められない形式となっている。
本件訴訟の過程で被告が開示したところによれば、起案理由の欄の理由の冒頭部分には、懇談会の相手方を概略明らかにし、「今後の県議会の運営方針等について」、「県・市間の各種施策や財政問題等について」、「本県の行財政事情調査のため来県されることになったので、意見交換を行うこととし」等と記載し、懇談会を開催する趣旨又は目的を抽象的、概括的に示している。
(2) 「支出負担行為決議書」及び「支出命令決議書」には、支出負担行為日及び支出命令日、金額、債権者又は受取人の住所・氏名・電話番号、支払方法、支払先の金融機関名・口座種別・口座番号が記載されるようになっている。
このうち、本件処分で非開示とされたのは、債権者又は受取人の氏名等とその口座番号等である。
(3) 「請求書」には、請求合計金額と宛先(被告宛となっている。)及び請求者名・代表者印・住所、支払先の金融機関名・口座種別・口座番号が上欄に、具体的品目、単価等の明細が下欄に記載されているが、懇談会の名称等、その内容が明らかになるような事柄は記載されていない。
このうち本件処分で非開示となったのは、請求者名等と口座番号等のみである。
右認定事実によれば、本件処分で原告が開示を求めた公文書から知ることのできる情報としては、懇談会の開催年月日、開催場所、出席者数とその氏名等、飲食費の金額及び明細と支払先である債権者名等、その口座番号等、請求及び支払の年月日、懇談会の抽象的、概括的な趣旨、目的等であり、懇談会における具体的な会談の内容は明らかにならない。
3 本件文書部分の非開示事由該当性について
(一) 本件条例九条二号該当性について
同条二号の趣旨は、県作成の「情報公開事務の手引」(乙第一号証)によれば、個人の尊厳及び基本的人権を尊重する観点から、個人のプライバシーを最大限に保護するため、特定の個人が識別され、又は識別され得るような情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができることを定めたものであり、右目的のために、個人に関する情報は包括的に開示をしないことができるものとしたものと解される。そして、右手引は、個人に関する情報とは、思想、信条、心身の状況、病歴、学歴、成績、職歴、家族状況、親族関係、所得、財産等個人に関するすべての情報をいい、「特定の個人が識別され、又は識別され得るもの」とは、当該情報から直接的に特定の個人が判別でき、又は、他の情報と組み合わせることによって間接的に判別できるものを指すとしている。
ところで、被告が本号に該当するとして非開示とした情報は、本件文書のうち、施行伺文書に出席者として記載されている個人の所属・役職・氏名である。このうち、出席者の所属については、本件訴訟の過程で被告が自ら進んで開示するに至ったことに照らしても、本件条例の非開示事由に該当するとは認め難い。
そこで、右施行伺文書に出席者として記載された個人の役職・氏名が本号の「個人に関する情報」に該当するかどうかを検討するに、右文書に係る懇談会は県財政課が前記の趣旨で行ったものであるから、その出席者は2(一)(1)、(3)ないし(5)の国、他の都道府県若しくは県内の布町村の職員又は県会議員等の公務員か、同(2)の民間金融機関の職員に限られる。
このうち、公務員についていえば、その職務執行に際して記録された情報に含まれる当該公務員の役職や氏名は、当該公務を遂行した者を特定し、場合によっては責任の所在を明示するために表示されるにすぎないものであって、それ以上に右公務員の個人としての行動ないし生活に関わる意味合いを含むものではない。したがって、その限りにおいてはプライバシーが問題になる余地はない。本件条例が、九条において、事業を営む個人の当該事業に関する情報を二号の個人情報から除外して、三号の事業情報として扱っているのも、この趣旨によるものと解される。前記手引の例示する個人情報でも、公務員の氏名や役職は掲げられていない。情報公開制度との関係でいえば、県民の側としては、県政に対する理解を深めるため(本件条例一条)には、これを遂行した担当者及び職務上その相手方となった者についての情報もできるだけ具体的に開示される必要がある。そうすることによってはじめて、実際に行われた県政の検証、その当否の判断が可能ともなるのである。したがって、このような情報は、原則として「個人に関する情報」にはあたらないものと解すべきである。もっとも、このようにして公務員が役職や個人名を知られることにより、その生活の平穏を不当に侵害される場合も考えられないわけではなく、そのような場合には、当該情報はプライバシーにわたるものとして個人情報としての色彩を帯びることになるが、このような特別の事情の存在は、非開示事由に該当するための要件として、具体的に主張立証されなければならない。
本件文書に係る懇談会は、私的な懇談会ではなく、県の予算を用いて開催された会合であり、出席者はいずれもその職務としてこれに出席したのであるから、右の理がそのまま妥当するというべきである。このような公費によって開催された懇談会について、県民には税の無駄遣いを監視する上でも可能な限り具体的な情報の開示を受ける利益があるのであって、職務上の立場で出席した公務員の役職、氏名を個人情報に該当するとして、当然に非開示とすることは許されないというべきである。
そして、本件においては前記特別の事情の具体的な主張立証はない。ちなみに、公文書の開示をめぐる訴訟における非開示事由の存否の判断は、当該公文書に係る県政の執行の当否等その具体的内容に立ち入るものではなく、仮に、本件文書に係る懇談会が実際には開催されず、あるいは出席者等につきそこに記録された内容と異なる懇談会が開催されたとしても、このような事実は、審理の対象とはなりえず、裁判所においてその当否を判断できないから、公務員が実際には当該懇談会に出席していないのに本件文書に出席者として記載されていることにより受ける不利益を右特別の事情とすることはできない。
仮に、右役職・氏名が形式的には本号に該当するとしても、公務員の職務執行に際して記録された情報に含まれる当該公務員の氏名等の情報は、本来、事務事業の執行上又は行政の責務として、当該事務事業に支障のないかぎり県民の要請に応じて公表することが予定されているというべきであり、これを開示することにより当該公務員の私生活の平穏が侵害されるとは考え難いから、たとえ、当該公務員がこれを公表されることについて了解していなかったとしても、右情報は、社会通念上公表が予定された情報と解するのが相当である。そして、このことは、当該公務員が懇談会の主催者側であると相手方であると異ならないというべきである。
懇談会の相手方が私人である場合には、懇談会に参加することは公務にはあたらないものの、本件の場合、私人である相手方とは、民間の金融機関の職員のみであり、金融機関と県財政課の職員との懇談会は、県債や当せん金付き証票の発行に関する事柄についての情報交換のために開かれたというのであるから、そのような懇談会に出席した民間の金融機関の職員の氏名等の情報についても、以上に説示したことがあてはまる。
すなわち、右懇談会はいわば公務に準ずる公益的な事業に関するものであり金融機関の職員の役職・氏名は、その事業の相手方担当者として表示されるにすぎないから、当然に「個人に関する情報」に該当するものとはいえず、またこれが開示されることによって、当該職員の私生活の平穏が不当に侵害されるような特別の事情の具体的な主張立証はない。のみならず、右情報も、社会通念上公表が予定されたものというべきである。
したがって、本件文書部分は、本件条例九条二号に該当すると認めることはできず、仮に該当するとしても同条二号ただし書ロの事由がある。
(二) 本件条例九条三号該当性について
同条三号の趣旨は、法人等の事業活動は、今日、住民生活の多方面にわたり影響を与えるものであるから、住民にとって、法人等の事業活動に関する情報は重大な関心事であり、行政機関の保有するこれらの情報についても原則として開示されるべきであるが、他方、法人等の営利活動の自由も基本的人権として認められているから、情報公開制度の下にあってもその正当な競争活動等を侵害してはならないという見地から、県が保有する法人等の事業に関する情報のうち、開示されることによって競争上の地位を害するなどその事業活動に不利益が生じると認められる情報については、一定の場合を除き、開示しないことができるとしたものと解される。
そして、前記手引によれば、本号の「競争上の地位その他正当な利益が損なわれると認められるもの」とは、次のような情報をいうものとされる。
(1) 生産技術、営業、販売上のノウハウに関する情報であって、公開することにより、法人等又は事業を営む個人の事業活動が損なわれると認められるもの
(2) 経営方針、経理、人事等の事業活動を行う上での内部管理に属する情報であって、公開することにより、法人等又は事業を営む個人の事業活動が損なわれると認められるもの
(3) その他公開することにより、法人等又は事業を営む個人の名誉、社会的評価、社会的活動の自由等が損なわれると認められる情報
被告が本号に該当するとして非開示とした情報は、本件文書のうち、飲食業者たる債権者又は受取人ないし請求者の氏名等と口座関係情報(飲食代金振込先の金融機関名、口座種別及び口座番号)の部分である。
この点について、被告は、本件文書には、一件の懇談会に係る食糧費の支出ごとに、施行日、支出金額及びその明細としての具体的な品目ごとの数量、価額が記載されているところ、価額の設定は店の格式を決定し、飲食業者の営業方針の基本となるものであり、何時、誰に、どのようなものをいくらで提供し、支出はどのように行われているかという情報は、当該業者の営業上のノウハウ、ひいては営業の実態そのものを形成する情報であるから、一定期間にわたる当該情報が公開されることになれば、当該業者の社会的評価に重大な影響を及ぼし、競争上の地位その他正当な利益が損なわれると主張する。
たしかに、飲食業者にとって、単価等の取引内容は営業実態の一部をなすものではあるが、本件文書の開示部分と非開示部分とを併せても、明らかになるのは、懇談会に利用された飲食店の場所、名称とその懇談会の日時、その飲食に係る料理等の売上単価・合計金額及び支払先の金融機関名や口座番号等だけであり、特に飲食店を経営する業者の営業上のノウハウ等に関する情報までが記録されているわけではなく、しかも、これらの飲食店における県財政課という特定の顧客に対する一定期間の利用状況が明らかになるだけであるから、非開示とされた飲食業者の氏名が開示されたとしても、これによってその事業活動が損なわれるとは認められない。
次に、債権者である飲食業者の金融機関口座に関する情報や代表者印等は、事業活動を行う上での内部管理に関する情報ではあるが、通常飲食業者が秘密に管理している性質の事柄ではないし、当該飲食店の取引金融機関や口座名義・口座種別及び口座番号が知られるとしても、その体裁から見て一般的に発行していると認められる飲食等代金の請求書に記載されている事項にすぎず、しかもこれを公金の支出を請求するのに使用しているのであって、当該業者としてこれが公になることを拒みうる筋合のものではない。これらが情報公開制度に基づき開示されたからといって、そのために、右業者が不測の不利益を被り、その事業活動が損なわれるとは認め難い。
してみれば、右のような情報が開示されたとしても、事業者である当該飲食業者の競争上の地位その他正当な利益が害されると認めることはできかい。
したがって、本件文書の前記部分が、本件条例九条三号に該当すると認めることもできない。
(三) 本件条例九条七号該当性について
同条七号の趣旨は、前記手引によれば、公開することにより、県又は国等が行う事務事業の公正又は円滑な執行の確保に支障を生ずるおそれのある情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができることを定めたものであり、本号にいう「渉外」とは、県の行財政運営等の推進のため、外国、国、地方公共団体、民間団体等と行う接遇、儀礼、交際等の対外的事務事業をいうものであり、「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのあるもの」とは、次のような情報をいうものと解される。
(1) 公開することにより、当該事務事業を実施する目的、意味が失われる情報
(2) 公開することにより、経費が著しく増大し、又は当該事務事業の実施が大幅に遅れるなど行政が著しく混乱する情報
(3) 公開することにより、特定の者に不当な利益又は不利益を与えるおそれのある情報
(4) その他公開することにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれのある情報
右趣旨を敷桁すると、情報公開制度が、公正で開かれた行政の確保と促進を目的としている以上、行政執行に関する情報も積極的に公開すべきではあるが、中には、公開することによって県民全体の利益を損なったり、悪用されるなど、かえって行政の公正ないし適正な執行を妨げる場合もある。すなわち、県が行う事務事業の中には、入札や試験に関する事項のように、その性質や目的から見て、執行前あるいは執行過程で情報を公開した場合、当該事務事業の実施の目的を失い、又は公正かつ適正な執行を害するものがあること、交渉や争訟のように、その性質上、最終的な合意の成立あるいは紛争の解決に向けて関係者間で継続的な折衝と調整が必要とされ、その過程で出された意見等を公開することにより自由な発言や意見交換が妨げられるおそれや同種事案の処理に支障をもたらす可能性のあるものも存することから、そのような情報について開示義務を免除したものと解される。
被告が、本号に該当するとして非開示とした情報は、本件文書部分のうち懇談会の出席者名等、開催目的、開催場所である。このうち、開催目的については、本件訴訟の過程で被告が自ら進んで開示するに至ったものである。
確かに、前記2の認定事実によれば、県財政課の行う懇談会の中には、予算取得等のために事業の関係者に対する事前の意向打診、個別折衝等を目的とするような特定の具体的な事業の施行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われるものもあることが窺われる。このような場合には、懇談会の相手方の名前が記録されている本件文書の前記部分が開示されることにより、懇談会の事実が明らかになることを望まない相手方において、不快、不信の感情を抱き、また会合の内容等につき様々な憶測がされることを危惧する相手方の協力が得られなくなることも予想され、その結果、当該事業の推進のために必要な折衝や調整作業が困難になって、当該懇談会の開催目的である事務及び将来の同種の事務の円滑、適切な執行に支障をきたすおそれがあることは否定できない。
しかし、右のような特定の事務事業の遂行のために内密の協議を目的とするものではなく、情報交換を円滑に行うべく関係者との一般的な情報交換、友好関係を図るための単純な事務打合せ目的の懇談会の場合は、相手方の氏名等を開示しても、県財政課の事務事業の執行に支障が生じることは考え難い。このような場合まで行政事業該当性を強調して一律に非開示とすれば、懇談会に関する食糧費の使途や明細が県民に一切明らかにされない結果となりこれが適正に用いられているかを監視、検討する機会が奪われてしまうことになり、公正で開かれた行政の確保と促進という情報公開制度の趣旨にそぐわないことになる。
ところで、本件文書部分が本号の非開示事由に該当するか否かは、本件処分の適法性を基礎付ける事項であり、また、事務の公正かつ適切な執行に支障が生ずるおそれがあるか否かは行政機関側の事情であり、行政機関としては本件文書の記載内容等を了知しているのであるから、被告の側で、本件懇談会が本号に列挙する事務事業に該当し、右懇談会が事業の施行のために必要な関係者との内密の協議を目的としたものであること、本件文書が開示されることにより、当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の目的が達成できなくなり、又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがあることを具体的に主張立証する必要がある(最高裁判所平成二年行ツ第一四九号平成六年二月八日判決参照)。
しかるところ、被告は、本件懇談会が「事業の執行のために必要な事項についての関係者との内密の協議を目的として行われたもの」であると主張するけれども、被告の認識はともかくとして、これを客観的に窺わせるような具体的な根拠は示しておらず、また本件文書が開示された場合の弊害については、「県政における相手方の位置づけ、評価等が明らかになることにもなり、今後、合理的な裁量が著しく制限され、また、相手方に不快、不信の感情を抱かせ、懇談会を適切に実施することに著しい支障が生ずるおそれがあり、さらに、懇談会の所期の目的が達成できなくなるおそれがある等、県政の円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると認められる」と主張するにとどまるのであって、実施機関である被告自身の判断において、右のようなおそれが抽象的に認められるというにすぎない。
そもそも、県財政課の行った本件懇談会は、2(一)で説示したようにすべてその事務の遂行のためのものであって、単なる儀礼的なものではないから、懇談会における接待の内容によって県政における相手方の位置づけが定まる性質のものではなく、懇談会の外形的事実が明らかになることにより、相手方に不快、不信の念を抱かせるおそれがあるということはできないし、前掲乙第五号証ないし第一〇二号証により明らかになった本件文書に記載された懇談会の件名及び施行目的の記載内容からは、本件懇談会が内密の協議を目的として行われたものと認めるのも困難である。さらに、本件文書部分に係る出席者の氏名等及び懇談会の開催場所は、これまでに開示されている開催日時等と合わせてみても会合のいわば外形的事実に関する事柄ばかりであり、懇談目的もごく簡略な記載にとどまるのであって、かかる外形的事実からは、通常、当該懇談会の個別具体的な開催目的やそこで話し合われた事項等が明らかになるものでないことは明白であるから、本件文書が開示されることにより、被告の主張するような、当該又は同種の事務の目的が達成できなくなり、又は公正かつ適正な執行に支障を生ずるおそれがあると断ずることはできない(ただし、乙第一一号証、第二九号証、第五八号証、第六四号証、第八六号証、第一〇二号証は、公債償還の実施とこれに併せてする食事の提供についての施行伺であり、その内容が具体的に記録されているが、その立会人が明らかになることによって右のような支障が生ずるおそれがあるとはいえないことは、記載内容自体から明らかというべきである。)。
結局のところ、本件において、被告は、懇談会の内密性や本件文書部分が開示されることにより前記のような弊害が生ずるおそれを根拠付ける具体的な事実を主張立証するところがないと言わざるを得ない。
したがって、本件文書は、本件条例九条七号に該当すると認めることはできない。
四 以上の次第であるから、本件文書は被告が主張する本件条例の非開示事由のいずれにも該当しないのであり、本件文書を非開示とした被告の本件処分は違法というべきである。
よって、本件処分を取消すこととし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官信濃孝一 裁判官深見玲子 裁判官穗阪朱美)
別紙〈省略〉